「たのしい日本地理 HOT CHIRI」の選出による、都道府県を舞台にしたご当地小説の中からおすすめの一冊を紹介するこの企画。記念すべき第一回となる今回は、宮沢賢治が理想郷と描いた「イーハトーブ」、岩手県を特集します。
あのイーハトーヴォのすきとおった風
宮沢賢治に加えて石川啄木や野村胡堂、金田一京助といった文人がいずれも同じ盛岡中学校(現在の県立盛岡第一高校)を巣立つなど、古くから文芸の香り豊かな岩手県。民俗学者・柳田國男による『遠野物語』など、岩手県内を題材にする著名な作品も数多く存在します。
今回は、岩手県が舞台となっている小説の中からおすすめの作品を5冊ご紹介します。
岩手の小説①『ポラーノの広場』宮沢賢治
まずは賢治がイーハトーブを描いたこちらの短編から。「モリーオ市の博物局に勤めるキューストが執筆し賢治が翻訳した作品」という体裁のもと、広場を理想の場所へと作り上げるという、どこか自己投影的な作品です。
ちなみに、デザイン系のお仕事をしている方は見覚えがあるかもしれない「あのイーハトーヴォのすきとおった風、…」というテキスト。Macのフォント見本としてダミーテキストに用いられている文章ですが、実はこれも『ポラーノの広場』の序盤の一節なんですよ。
岩手の小説②『影裏』沼田真佑
主人公の今野が転勤先の同僚・日浅と奇妙な意気投合?を果たすも、ある日を境に日浅が今野の前から失踪。やがてタイトルの通り日浅の影の顔、裏の顔が見えてくる…という、第157回芥川賞受賞作です。
二人を繋ぐキーワードに渓流釣りがあるのですが、そこにある自然風景が洗練された文章で美しく綴られています。2020年には盛岡出身の大友啓史監督のもと実写映画化もなされており、その映像も全編岩手県内で撮影というこだわりぶりでした。
岩手の小説③『おらおらでひとりいぐも』若竹千佐子
第54回文藝賞を史上最年長で受賞、同作で翌年の第158回芥川賞にも輝いた若竹千佐子さん。55歳の時に夫を亡くした自身と同じような境遇の主人公・桃子を軸とした玄冬小説。脳内をめぐる故郷の言葉として岩手弁(南部弁)が小気味よく発せられます。
『おらおらでひとりいぐも』も「私は私一人で行く」という意味の岩手言葉。これは宮沢賢治が愛する妹の死を詠った詩『永訣の朝』の中でも、妹自身の言葉として「(Ora Orade Shitori egumo)」とローマ字で記されています。
岩手の小説④『雲を紡ぐ』伊吹有喜
作中のキーアイテムとなるホームスパンはイギリス発祥の毛織物ですが、伝来地が二戸地方だったことから現在では盛岡や花巻で全国の8割が生産されるほどの岩手名産品になっているのだとか。
不登校になり母親とも揉めてしまった高校生・美緒は東京を飛び出し、新幹線で祖父がホームスパンの工房を営む盛岡へ。人同士の苦悩や葛藤が描かれつつも、市街地の喫茶店や素朴な自然風景など、盛岡の街の情景描写にもほっこりする作品です。
岩手の小説⑤『風に立つ』柚月裕子
最近まで読売新聞で連載されていた作品です。こちらの柚月裕子さんも釜石市のご出身で、小学生の時分は盛岡市内を含む岩手県内を転々としていたのだそう。
盛岡の伝統工芸品、南部鉄器の職人である父が補導委託という制度を用いて非行少年を家に招き入れることになる…という導入。息子である悟のもどかしさ、春斗の境遇など、普段ミステリーの印象が強い柚月裕子さんの描く家族模様が胸に来るお話でした。
岩手県が舞台のおすすめ小説 まとめ
たのしい日本地理 HOT CHIRIらしく、「地域(都道府県)」という観点で作品を選んでみた今回の記事、いかがでしたでしょうか。初回は岩手県でお送りしました。
今後もシリーズ化していく予定ですので、ご期待ください!